私は天使なんかじゃない








観光案内に街を載せよう






  旧時代、観光案内雑誌という代物があったらしい。
  色鮮やかな写真。
  心躍る文面。

  いつかこのピットの街も外部の人達に誇れるようになるのだろうか?





  全てが解決した。
  全ての謎が解けた。

  革命家ワーナーは偽者。偽ワーナーの本名はジャンダース・プランケット。彼はウェイストランドでレギュレーターに追われ安住の地を求めていた
  自称超悪党で、ピットで贅沢な生活を送る事を条件にパラダイス・フォールズの奴隷商人と組んでいた。
  奴隷商人達の目的は利益の確保。
  治療薬が完成すれば奴隷を使い潰す必要がなくなる。労働力は維持出来る。その場合、奴隷商人の利権は著しく低迷する。
  だから。
  だから奴隷商人はジャンダース・プランケットを使って強硬手段に出た。
  最終的にピットの街を乗っ取ってどうするつもりだったのかは知らないけど乗っ取りに出た。病気の免疫を生まれながらに持つ奇跡の子マリーの
  誘拐はアッシャーを恫喝する為。そしてそれと平行する形でアッシャー抹殺も目論んでいた。
  私を拉致しピットに送り込んだのはアッシャー側を掻き乱す事であると同時に私の抹殺が目的だったようだ。
  実に甘い考えだと思う。
  私は私、私としてあるがままに存在する。誰の道具にもならない。
  結果としてそれがスチールヤード決戦となる。
  アッシャー軍とパラダイス・フォールズの部隊は全面対決に移行。
  私はその際にジャンダース・プランケットを倒し、アッシャーを裏切った面々を叩きのめし、そして直接指揮に出張って来ていたパラダイス・フォールズ
  のボスであるユーロジー・ジョーンズに屈辱と敗北を与えた。逃亡されたのは残念だけど勝利だ。
  パラダイス・フォールズはピットにおいて多数の屍を築く事になった。自分達のね。
  キャピタル・ウェイストランドの残存兵力はあまり多くはないだろう。

  スチールヤード決戦に勝利。
  だけどピットの手薄を狙って(たまたまな可能性もあり)タロン社の特務大隊がアップタウンを強襲。
  決戦に主力を投入していたのでアップタウンの防衛力はないに等しい。
  タロン社は全てにおいて勝っていた。
  武装。
  練度。
  士気。
  そのどれもがアップタウンのヘブンを陥落させるのに充分過ぎるほどだった。
  わずかな数の先鋒部隊を率いて私はヘブンに潜入。
  その際にタロン社の上級仕官カール中佐を撃破、ウェイストランドの仲間達と合流してタロン社をアップタウンから撃退した。
  そして……。




  「お前を信じて正解だったよ」
  「そりゃどうも」
  信じてくれていたらしい。
  ヘブンのアッシャーの執務室。そこの主、アッシャーは椅子に身を沈めながら鷹揚に笑った。私も椅子に座っている。
  今では誰もが認めるこの街のNO.2として私は存在している。
  執務室にいるのは私とアッシャーだけ。
  ウェイストランドの仲間達は下の階で歓待されている。
  全ての終結から3日が経っているけどまだまだ戦勝の宴は終わらないようだ。
  まあ、それもいいだろう。
  何しろ大規模な動乱だったのだからね。
  宴も良いだろう。
  「どこから信じてくれていたわけ?」
  「最初は疑っていたさ。しかしそれは為政者として仕方のない事だろう?」
  「そうね。晩餐の後、屋敷を留守にしたのも私を見極める為?」
  「そうだ」
  「あらあら。全面的に信じられてると思ってた。……あー、死にたい気分……」
  「そう言うな。仕方なかったのだ。ワーナーに焚き付けられて内部に入り込んで来た者は数知れない。もっともそれがワーナーの送り込んだ内偵者
  なのか偽ワーナーの送り込んだ内偵者なのか、今では判断する材料がないがな」
  「そうね」
  結局いつから偽ワーナーなのか誰にも分からない。
  本物?
  偽ワーナーであるジャンダース・プランケット曰く『トロッグの腹は覗いたか?』らしい。トロッグの餌にされたのだろう。偽者が公然と存在する為には
  本物は存在してはいけない。本物は当の昔に、少なくともシーが送り込まれた後には既に存在していない。
  何故ならシーは本物に舌先三寸で送り込まれたわけだし。
  まあいい。
  終わった事だ。
  どっちにしても『ワーナー』という存在はアッシャーにしたら目の上のタンコブだったのだからね。
  本物だろうが偽者だろうが排除は望んでいた事だろう。
  この結末は彼にとって望ましい。
  私にとってもね。
  「ワーナーの……いや、パラダイス・フォールズの企みは阻止され、労働者達は然るべき場所に戻った」
  「タロン社も撃退出来たしね」
  「ピットの未来は明るいぞ。お前の未来もだっ!」
  「労働者の未来も同じように取り計らって。それが約束だったはずよ」
  そもそもの発端はそこだった。
  奴隷を掻き集めて街を運営する。ただ、それだけなら、まあ、肯定はしないけど今の世の中よくある事だ。……まあ、肯定はしませんけどね。
  さらにピット特有の病気が混乱に拍車を掛ける。
  独立と自由を望む声は正当なものだ。
  だから。
  だから奴隷の反乱は正当なものだと私は思う。
  もっとも実際は理想でしかないのも分かってる。ピットの街の体制が崩壊すると奴隷達もまた死ぬしかない。今の状況には指導者が必要だ。理想だけを
  謳う者は指導者には向かない。確実に引っ張ってくれる、アッシャーのような指導者が存在なのだ。
  そこをミディア達は理解していなかった。
  現政権を倒して自由になる、奇麗事を並べたワーナーが新しい政権を築く、その結果にあるものは堕落と馴れ合いだ。最初に奇麗事を並べて反乱を画策
  するわけだから結果として馴れ合っちゃうのは当然の結果だと思う。ワーナーが勝っていれば、もしかしたら別の結末もあったかもしれないけどね。
  だけどそれは叶わない結末。
  何故?
  本物も偽者も全て死んだから。奴隷商人もタロン社も全面撤退し、奴隷達の反乱も叩き潰された。残ったのはアッシャーだけ。
  他の結末は既にただの憶測と仮定でしかない。
  さて。
  「アッシャー、約束は守ってくれる?」
  「ああ。分かっている。奴隷商人と敵対した以上、もはや労働力の外部からの確保は実際に断たれた。今後は労働者達にRADアウェイの投与を……」
  「生温い」
  「何?」
  「生活レベルの大幅な改善を要求するわ」
  「今すぐには何も変えられん。治療法が完成するまでは働いてもらわねばならん。じゃないとこの街は崩壊する」
  「私との協定を反故にする気?」
  「治療法が完成するまで待って欲しい。その時、全てが変わる。それまでは現状を維持する。出来るのは、予防程度だ」
  「成長したマリーに『私は奴隷王と呼ばれているんだ』なんて言える? 潮時よ、このあたりがね」
  「……」
  アッシャーは黙った。彼にとって弱みなのだ、成長したマリーにどう思われるかという事は。
  私は続ける。
  「街は一定の規模を越えた。もう奴隷は必要ないはずよ。市民として、本当の意味の市民として彼ら彼女らを導くのが王の役目よ」
  「……」
  「産業は確立された。いつかは観光案内に載るかもしれない街にするには、奴隷という存在はネックよ。今こそ自由の街にするべきじゃないの?」
  「……」
  「ほら、前に言ってたじゃない。奴隷でなく労働者と呼べとね。要は、そんな感じでお願い。すぐには改善出来ないのは分かってる。私がして欲しいのは
  希望を与えて欲しいのよ。呼び方だけではなく待遇も改善してあげて欲しいの。それが私の要求よ。約束を守る精神は?」
  「持ち合わせている」
  「じゃあ王として相応しい対応を」
  「分かった」
  彼は頷く。それからしばらく沈黙の空気が流れた。
  何かを考えているようだ。
  私は次の言葉を待つ。
  どんな感慨が彼の頭の中を過ぎっているのだろう。彼はゆっくりと言葉を選び口を開いた。
  「この街をここまで建て直すのは本当に大変だった。お前のお陰で未来に希望が持てそうだ」
  「よかったわね」
  「それでミスティ、今後はどうする?」
  「今後?」
  「今後さ。もちろん君次第だがね。街に残って私の腹心として尽くしてくれるのか、それとも元の場所に戻るのか。帰るのも、それは仕方ないと思っている」
  「ええ。帰るわ。明日には発つ」
  「引き止めはしないさ、引き止めはしないさ、引き止めはしないさ、引き止めはしないさ、引き止めはしないさ、引き止めはしないさ、引き止めはしないさ」
  「……全然仕方ないと思ってないじゃん。思いっきり私を引き止めようとしてるじゃん」
  意外に素直な奴らしいです。
  おおぅ。
  「そのパワーアーマー、大分痛んでるわね」
  「これか? かつて私がBOSの一員だった頃の名残だ。大分痛んでいるからパッと見では彼らのアーマー分からんだろうな。まあ、私の分身みたいなもんさ」
  「分身ってどういう意味?」
  「今まで苦労を共にしたって事さ。BOS時代からの付き合いだよ」
  「組織に戻りたいの?」
  「いいや。ピットは天罰の時に壊滅して打ち捨てられた街だ。私は部隊に置き去りにされてここに取り残された。ただの間抜けだよ」
  「ふぅん」
  「結局のところBOSは楽をしたのさ」
  「楽を?」
  「死に掛けの街なら立て直すよりも略奪する方が楽だろう? だからリオンズの爺はそうしたのさ」
  「そう」
  BOSは私の人生にはさほど関係ないし興味もない。
  クリスなら食いつくだろうけどさ。
  「もちろんリオンズだけの問題ではないがね。西海岸の本部も結局過去のテクノロジーだけに執着する。今日の為、明日の為に何をすべきかなど考え
  ようともせん。視野が狭いんだよ、連中はな。テクノロジーの保全が命だ。地元の連中など死んでも殺しても構わんのさ」
  「それ最悪な発想じゃん」
  BOSってそういう組織なわけ?
  結構悪党だ。
  「1つの街を建て直すのは大仕事だ。ところがここにはBOSが求める機械などない。連中は二度と戻ってこないだろう。いなくなって清々してるよ」
  「そっか」
  新しい流れが今のピットにはある。
  それを活かすも殺すもアッシャーの手腕次第だけど……多分、大丈夫だろう。
  政治家として有能だし。
  話題を転じる。
  「マリーは元気?」
  「マリーは元気そのものさ。やがてあの子はピットに新たな世代を呼ぶ。そう、健康な世代をな」
  「よかった」
  あの騒ぎの中でも特にマリーには影響がなかったようだ。
  銃撃戦とかしたから鼓膜とか体調とかの影響を心配してたけど問題はないらしい。
  そもそも私がアッシャー側に転んだのはマリーの影響が大きい。いや完全にマリー絡みだ。あの子がいたからこそ私はアッシャーに付いた。
  マリーの誘拐を企む連中には付けなかった。
  それが理由だ。
  アッシャーは感慨深そうに呟く。
  「いつもピットを強い街にしたかった。だから手段も犠牲も厭わなかった。もっとも、最初は街の再建でBOSを見返そうと思っただけだがね。だが、不思議
  なものだ。マリーが生まれて私は変わった。今でもピットを成功させたいとは思っているが、それはあの子に健全な街を見せたいからなんだ」
  「分かる気がするわ」
  「私は父親としてあの子に、形ある、意味のあるものを見せたいだけなんだ。分かるな?」
  「ええ。分かる」
  「いつでもピットに戻ってくるといい。君にも、市民が一体となった健全な街を見せたいと思っている。本当に感謝しているぞ、ミスティ」
  「言っとくけど奴隷を弾圧したら私は戻って来るわよ?」
  「分かっている。君を敵に回す気はないよ。ピットの街の陰謀を1人で引っくり返したんだ。そんな君を敵に回す気はない。信じてくれ」
  「ええ。信じるわ」
  「マリーにも奴隷王と言われるのは辛いしな。約束しよう、ミスティ、最高の街にするとな」



  こうしてピットの街の動乱は終わった。
  スマイリーは理想の居場所を求めてピットを去り、シーもお宝(何かは知らない)をゲットしてピットを後にした。
  私達もまた元の場所に戻る。
  人にはそれぞれの居場所があるものらしい。私達はピットを後にする。いずれ街は栄えるのだろうか、それは誰にも分からないけど街は前進していると思う。
  それを信じよう。
  いつかピットの街は観光案内に相応しい街になるだろうか?
  私はそれを信じたい。
  私はそれを……。